はじめに
どうも。唐突ですが、私(この記事の筆者)はサイクリング部と兼部しています。今回はそこでいった旅行でも書こうかと。なおこの記事を書く前に芳醇な香りを醸すまで熟成しました…ずっと放置した1年以上前の旅行の話です。
ルートは全体としては紀伊半島をぐるりと回っていくルートです。千葉県の銚子から西へ海岸線沿いを進む、太平洋岸自転車道(公式ページ)という国交省なども認定したサイクリングロードを通ります。近年整備が進んだこともあり、道端には新しい看板も多かったです。ちなみに、大学近くを走る筑波山・霞ケ浦周辺のつくば霞ヶ浦りんりんロードなども国交省から認定されています。
地理院地図を加工の上筆者作成。色はリンクしています。
◯-2日目~0日目
地理愛好会で伊勢に行ってました。その時の記事はいつか出るかな?自販機でもう1本当たるくらいの確率で出ると思います。学びあり、ネタありの楽しいやつでした。
とりあえず一つ言えるのは、「輪行袋はでかい」。輪行という制度があって、ロードバイクは輪行袋という専用袋に入れることで電車やバスに積めるのですが、自転車乗りだけだと気づかないんですがあれってバカでかいんですね。
ざっと1メートル四方、そりゃでけーわ。
この結果地理愛で借りたor会員の車に積めず、自転車を預けるために私だけソロで動いた場面もありました。輪行袋は普通の旅行に持っていくな。これでこの記事を〆てもいいくらいの教訓です。一方そのおかげで地元っ子しか乗らないローカル線に乗り、なかなか強烈なエピソードを聞いたのは別の話…
1日目(三重県尾鷲市→三重県熊野市)
初日は伊勢市から尾鷲市まで輪行し、尾鷲市から熊野市まで、途中矢ノ川峠までは山沿いの国道42号(紀伊半島を一周する国道です)、途中からは海沿いの国道311号線を走りました。尾鷲市は林業と漁業が盛んな町。黒潮や地形の影響で雨が多い町とされますが晴天に恵まれました。国道311号は正直国道とは名ばかりの急坂急カーブの多い道で、国道の概念を打ち崩された気がしました。
この辺はリアス式海岸の中に小さな集落が点在しており、かつての交通手段は船。国道も平成に入るまで未開通区間もあったほどの道で、狭い場所は昔からの道を使ったほぼ裏路地。新しい区間は確かに広く走りやすいのですが、もののサイト群で「酷道」扱いを受けていないのが不思議なくらいです。その分海沿いの道は自然豊かで、特に新鹿(あたしか)の海水浴場は白砂がきれいでした。
311号と42号が合流するところにある奇岩・鬼ヶ城を見た後、熊野市で宿泊しました。鬼ヶ城は風と波で浸食された大きな岩場で、海賊がここを根城にしたという伝承があります。尾鷲で食べためはり寿司(青菜で巻いたおにぎりみたいなの)や熊野で食べた地元産のさんまの干物がおいしかったです。めはり寿司は地域の日常食であり、実際この後も何度か食べることになります。
2日目(三重県熊野市→和歌山県那智勝浦町)
2日目からは国道42号線に戻り、ほぼずっと海沿いを走ります。この辺は熊野灘に沿って約20キロに及ぶ七里御浜と呼ばれる砂浜があり、国道はそれに沿っています。道中の獅子岩は、たいていこういうのはこじつけ感がある中でかなり本物のように見えました。また巨岩信仰で知られるの花の窟も参拝しました。
実はこの日宿泊する和歌山県新宮市はわずか30キロほど先。道の駅に寄ったり、海を前にたたずんだりしながらのゆるポタ(原義)※です。途中にはみかんの無人販売スタンドが100メートルおきくらいにあります。自販機の密度かよ。
熊野古道も残る
昼過ぎには着いてしまったので、足を延ばして隣町の熊野那智大社まで向かいました。坂を上った先にある熊野那智大社は有名な那智の滝がある神社で、熊野三山の一つを構成しています。落差の大きい滝は風が強いこともありほぼ見えず、自然の雄大さを感じました。
ここにはサッカーのエンブレムでおなじみの八咫烏が祀られています。神武天皇の御代からの旅の神様であるとともに、ここ出身の方が東京高師(筑波大の前身)でサッカーを広めたことが日本サッカー協会のシンボルの由来になっているそうです。筑波大かつ旅をする身としては不思議な縁を感じました。
新宮市は南紀熊野地方最大の街で、熊野三山のうち一つ、速玉大社があります。散歩したところ、中心部にはそこそこ元気そうなアーケードやでっかいオークワ(中部・近畿圏のスーパー)がありました。そういえばこの辺、オークワとイオンしか見てないな…この日の夕食もめはり寿司、飽きの来ない味です。他にも城跡や地元民の集う濃いぃ銭湯を訪れました。
あとこの辺の電車はサイクルトレインで自転車をそのまま持ち込めるのが便利です。サイクルトレインはラストワンマイルの点でもいいので全ローカル線でやりなさい。
※ゆるいサイクリング。一部の自転車乗りは山をいくつも越える・片道100キロを越すサイクリングにも当てはめ、軋轢を産んでいる
3日目(和歌山県新宮市→和歌山県串本町)
3日目は、まず同行者と合流するため那智勝浦へ。途中に歩道として通れる旧道の廃トンネルがあり、個人的にはテンションが上がります。那智勝浦はマグロのとれる街で、小さいながら漁港がいい感じです。曇天でしたが、晴れてたら絶対海が澄んでてよかったはず。同行者と合流し、マグロ丼で早めの昼食を食べて出発です。
途中の太地町はクジラ・イルカ漁の盛んな地域で、ここでクジラ博物館を見学しました。確か1000円くらいですが、結構展示が充実しているうえにイルカショーやクジラのふれあい体験もでき、八〇島とか鴨〇に比べてかなりお得感のある施設でした。ちなみにこれに気を取られており、地理好きなら抑えたい日本最短の河川、ぶくぶく川を見落とす痛恨のミス……
あと国道42号はほとんどが太平洋自転車道に登録されているのですが、途中に国道から外れた階段がなぜかありました。やけに急だったし、景色もそこそこだし、何だったんだあれ…と思って調べたら、バブル時代に一部だけ完成していた自転車道を近年再整備したらしい(参照)。バブル時代は完全に新規の自転車道、令和は一般道。時代の変化です(適当)。
串本町は本州最南端の潮岬のある街。肝心の潮岬は海に囲まれた緑地で、ほかの岬に比べて最果て感は薄く言ってしまえば単なる公園なのですが、眺望の広さにはロマンを感じました。個人的にはポストやコンビニなど、本州最南端の○○シリーズが良い味を出しています。すでに旅に出て1週間近く、疲労が出てきました。
4日目(和歌山県串本町→和歌山県白浜町)
4日目は関西の有名な温泉地・白浜へ向かいました。紀伊半島全体に言えることですが波に浸食された洞窟や入り江が多く、そういうのが好きな同行者の希望もあってそうした場所を見て回りました。有形無形の洞窟があり、あるものは大きな駐車場やエレベーター完備、またあるものは板切れにマジックで書かれた看板とけもの道。しかしむしろ後者のほうがきれいなこともあるので世の中分からないものです。
「後者」の入江、地層や浸食度合いの違いが分かりやすい。SPD-SLで来るのはおすすめしない
白浜は有馬や城崎と並ぶ関西の定番温泉地。温泉観光地化した猥雑な姿も含め、風景はどこか熱海界隈を想起させます。ここでは、ほぼオーストラリアの砂で構成された白良浜で季節外れの海水浴を楽しんだ後、夕方に温泉に行きました。白浜の温泉はややぬるめの弱アルカリ性。長風呂にも適した温度で、泉質もあり割と好印象です。また、近くに円月島という穴の開いた島があり、季節的にそこを夕陽が通るので見に行きましたが雲に阻まれてしまいました……ちょうどいい時期だったので残念。

見えなくはないけど……
5日目(和歌山県白浜町→大阪府岬町)
当初はアドベンチャーワールドに行ってパンダを愛でようと思いましたが、結局は白浜から一路北上し和歌山市の郊外にある太平洋自転車道の終点・加太へ向かいました。この辺は直線的な国道42号と海岸沿いに遠回りをする自転車道が分かれています。国道42号は距離面で優れますが車通りや信号も増えるイライラルートでしたが、時折入った太平洋自転車道は海沿いの田舎道を中心に自転車でも走りやすく、ルート選定の妙を感じました。
ここも道中には教科書にも出てくる『稲むらの火』でおなじみの防災の街・広川、西の醤油の街・湯浅、大阪のミナミじゃない方のアメリカ村などがありましたが、時間の関係でスルー。再訪が望まれます。
加太は紀淡海峡に面する漁港町で、人形供養で知られる淡島神社があります。それ以上に、サイクリスト的にはここは太平洋岸自転車道の終点。記念碑があり、ここでは愛車と記念写真を撮れるのです。筆者もきっちり写真に収めました。
その後は海岸沿いに大阪府に入って南海線の駅へ。和歌山県は海岸沿いに全て走破したことになります。南海線のハイライトはオッサンが【自己検閲】してたことですね。スポーツジムじゃあるまいし。ほんとはめったに行かない大阪でFEVERしたかったのですが、自転車という大荷物に加え、翌日も予定があったのでそのまま新幹線で帰りました。
(キャノンボール※で帰れ?馬鹿を言うな)
※ざっくり言うと東京大阪間自転車タイムアタックのこと
まとめ
はじめての紀伊半島ということもあり、慣れないことも多かったですが、結構楽しかったです。あと普通にこの辺はなかなか行けない地域なので、また訪問したいですね。あと同行者や会員諸氏、旅先であった方には感謝です。
最後までご覧いただきありがとうございました。
※本記事は体育会サイクリング部OB会報2022夏号に発表された記事を初稿投稿者が大幅に改稿したものです。

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